卯年 耳じゃなくて目を立てろ か

今日は甥の盲腸のお見舞いに市立病院へ
初めての市立病院がまさか甥を見舞いにくるなんて思ってもいなかった
ロビーは広々として、ハーモニカの音が響いていた
どうらら私が訪れた時間は面会の時間ではなかったらしいが甥に会うことは可能らしい
言い渡された部屋東棟の5階と書かれた小さな紙を握りしめ5階に向かう
エレベーターのボタン上を押すとおじいさんが下を押した
おじいさんは点滴を持ちながらぜいぜいしていた
エレベーターはなかなか来ない
おじいさんが急に なかなかこんね と思ったよりも大きな声で話しかけてきた
私は半笑いを浮かべながら そうですね と言った
5階に着くとすぐ曲がり角に大きな男が壁に寄りかかっていた
誰かと思った と甥は言いいつものだらしない笑顔をした
この時間病室には入れないらしく待合室で対面で甥を見舞うことになった
お見舞いも慣れてない私が対面で人を見舞うこのシチュエーションは最初の話題は窓から見える景色についてから始まったのはみんながきっと首を立てに振ってくれるはずだ
さっそく差し入れのトーキョーグラフィティーメンズノンノ江戸川乱歩傑作選を渡す
どれも甥の生活には介入しなさそうな代物たちだ
甥は兄の 静かなるドン を読んでいるらしい
漫画はすぐに読み終わってしまうとでも漫画から手が出ると言った
江戸川乱歩は一生開かれることはないかもしれない
話をしていると甥のケータイにメールが届いた
甥が笑いながら ひどい と
今からボーリング行くよ と友達からのメールだった
愛されてるじゃんとじんわりしたあたし叔母まいこ
手術のこと
なんとなく避けてきたが
甥が傷口を見せてきた
思ったよりも小さいんだね と私
そうなんだよ と傷口をなでる甥
今日初めて共感した私たちだった気がした
ロビーに戻るとハーモニカの演奏は終わっていた
私はギザギザに織り込まれた小さな紙をゴミ箱に捨て病院を出た
外はまだ雨だった。